夢で逢いませう ☆ 田旗 浩一

11月25日〜12月1日 『異常性愛記録 ハレンチ』から『大地の侍』まで

11月25日（月）
シネマヴェーラで石井輝男『異常性愛記録 ハレンチ』7年前に観た時は一回観れば充分と思ったのに、時間があったのでまた観てしまった。癖になる映画？『太平洋のGメン』石井輝男のギャング映画はハイカラで最高。長崎、神戸、横浜に流れる江原真二郎、佐久間良子の銃撃戦の中のチャーミングなお喋り！
11月26日（火）
深作欣二『暴走パニック 大激突』ラピュタ阿佐ヶ谷。
7年ぶり。銀行強盗の果て追い詰められた恒彦はヤケのヤンパチ最後の銀行強盗をする。逃げる、逃げる！恒彦。それを追う室田日出男のトラック、川谷拓三のパトカー。暴走族、ラジオ中継車、一般人を巻き込んでの逃走劇はもはやカオス。どこまでも逃げろ！恒彦！
11月27日（水）
スティーブン・スピルバーグ『プライベート・ライアン』新文芸坐。
久々の鑑賞。戦争映画を撮っている時のスピルバーグは嬉々として本当楽しそうだ。どす黒い悪魔と優しい白い天使が映画に矛盾なく同居している。酸鼻極まるノルマンディ上陸なんて序の口。撮影のJ・カミンスキーも運動会のように楽しんでいる。満腹。「プライベート」を私生活と違うとは知ったのは、ゴールディ・ホーン『プライベート・ベンジャミン』を観てから。プライベートとは最下級の兵士。
『プライベート・ライアン』の原題は「二等兵ライアンの救出」。この原題は映画を見終わったあとには、しっくりくる。
11月28日（木）
市川準『クレープ』目黒シネマ。
伊集院静原作映画として『乳房』と二本立てで公開された。離婚した妻との間にできた女の子が、高校に合格。十数年ぶりに約束のレストランでわが娘と会う理容師田代まさしの心の揺らぎを描く。荒川の土手で少年野球チームに声援を贈る父親と娘の光景はまるで小津の映画。
市川準『トキワ荘の青春』目黒シネマ。
子どもの頃、親しんだ漫画家たちの暮したあの伝説のアパートを祝祭的空間と描くことはしない。藤子不二雄、石森章太郎、赤塚不二夫と次々売れっ子になっていく中でひとり時流に取り残されたモッくん演じる寺田ヒロオの寂寥感が全体を静かに支配する。複雑な気分。
初めて読んだ寺田ヒロオのマンガは少年サンデーに連載された「スポーツマン金太郎」。映画でも判るように寺田の誠実な人柄が伝わる漫画だった。写真は当時のトキワ荘。玄関前でキャッチボールするのはおそらく寺田ヒロオと思われる。
11月29日（金）
フランシス・F・コッポラ『ワン・フロム・ザ・ハート』新宿武蔵野館。封切以来。
これだけ派手に失敗しでかすと逆に愛おしくなる。TウェイツとCゲイルのとろける歌。セクシーで可愛いテリー・ガーのダンス。蠱惑のサーカス娘ナタキン。ベガスの巨大ネオンセットは眩い模造品のダイアモンド。何てチャーミングな映画！
『ラ・ラ・ランド』もウェス・アンダーソンの映画も、『ブレードランナー2049』も、この映画の落とし子に思えてならない。『ワン・フロム・ザ・ハート』は封切り時にテアトル東京で観たのですが、改めて見直すと、この映画はスタンダードサイズでした。よりによって、シネラマでもないのにあの大劇場で。その辺も、この映画に対する誤解の要因かも。
11月30日（土）
先週行けなかったかかりつけ医に。もう二週間以上、腰痛が続いているので、レントゲン撮影。骨はきれいだと褒められる。その他いつもの薬。
トレンドに上がっていたクリント・イーストウッドの新作が劇場公開なし配信のみのニュースに驚く。最近洋画を観に行っても本当観客少ないことをとみに感じる。
斎藤武市『狼やくざ 葬いは俺が出す』ラピュタ阿佐ヶ谷。
獄中で一緒になった千葉ちゃんと藤竜也が何と恩赦。娑婆で一儲けする映画かと思ったら…いったん殺されたと思った深江章喜は復活して味方に、この映画では珍しくボスの諸角啓二郎、二刀斧の殺し屋安岡力也。こんなレア作を上映するのはラピュタだけ。
書き忘れていました。及川恒平作詞、小室等作曲の主題歌を千葉ちゃんが歌ってますが、小室等独特の節回しでむずかしい曲。「木枯し紋次郎」の主題歌『だれかが風の中で』にそっくり。
山中瑤子『ナミビアの砂漠』ポレポレ東中野。
再見。改めて感服。映画が演出の呼吸とともに生きている。さらにクリアになった部分と、さらに意味深になった部分が同居する魅力。遅めのタイトルの出る瞬間。妊娠という裏主題。男の最後まで解けない誤解。一瞬の自然の癒し「キャンプだホイ」が深い。じつは『ナミビアのオアシス』。フランシス・F・コッポラ『カンバセーション…盗聴…』新宿武蔵野館。
途切れる事ない緊張とサスペンス。ハックマンは業界で有名な録音・盗聴のプロ。任務は人で賑わう公園を歩く男女の会話を盗聴する事。プロは依頼主も会話の内容も探ってはならない。それが苦痛になる。一瞬たりとも眼も耳も離す事が出来ない傑作！
12月1日（日）
斎藤光正『戦国自衛隊』ラピュタ阿佐ヶ谷。
角川春樹の悪い癖が全面に出た映画。本人の下手芝居はご愛嬌にしても、安易なイメージソングの使いすぎ、浜辺での千葉ちゃんと夏木勲の褌一丁の戯れ合いのスローモーション、自衛隊員の村民へのレイプシーン、その他書き切れない。途中何度も席を立つところでした。
梅津明治郎『青雲やくざ』シネマヴェーラ渋谷。
名前はインパクトある監督だが『ミニミニ突撃隊』『霧のバラード』など映画は謎の演出。この映画も更に明治郎の謎を深める。ヨットマン大学生竹脇無我がやくざの兄の死により三代目襲名する。縄張り争いをする内田良平、石山健二郎を成敗する方法にびっくり！

佐伯清『大地の侍』シネマヴェーラ渋谷。
困難な蝦夷地に活路を求める藩士たちとその妻たちの姿に涙を搾り取られる。主役の大友柳太朗、伊藤久哉も素晴らしいが、何と言っても国宝級の名脇役陣の大集合。富田仲次郎、明石潮、宮口精二、花澤徳衛等々、見事に輝く。田島義文の女房日野明子の哀切に滂沱の涙。

今週もありがとうございました…⭐️

11月18日〜24日 『ごろつき』から『アイアム・ア・コメディアン』まで

11月18日（月）
マキノ雅弘『ごろつき』丸の内TOEI。
面食らった。炭鉱町に残した弟たちや母親のために菅原文太と上京、キックボクサーを目指す健さん。沢村忠が特別出演。夜は流しの歌手。レパートリーは「網走番外地」「唐獅子牡丹」。軌道修正が必要。世話になった石丸健二郎と死んだ文太の為に殴り込み。一件落着。11月19日（火）
詩人・谷川俊太郎さんの訃報。
谷川俊太郎さん、脚本家・作詞家として映画にも多大な功績を残しました。
ありがとうございました。田坂具隆『湖の琴』国立映画アーカイブ。
再見。佐久間良子と中村賀津雄の純愛悲劇の体裁はとっているが、実のところ、美しい少女・佐久間を見初めた長唄師匠・中村鴈治郎の老いらくの恋。二人がデートをしている事を知ると嫉妬を隠しきれず、佐久間に三味線のスパルタレッスン。老境の具隆の心が手に取るように解る。子どもの頃知った田坂具隆は佐久間良子主演の水上勉原作の文芸女性映画を撮る監督だった。今ならよくわかる。一目惚れした若い田舎娘・佐久間を京都の家に弟子入りさせる老境の長唄師匠の中村鴈治郎の心。年を取ってから感じ入る映画がこの世界にある。
11月20日（水）
山中瑤子『あみこ』ポレポレ東中野。今年の私の新作ベストワン『ナミビアの砂漠』を再見する前に観ておきたかった映画。高校生あみこはサッカー部のアオミくんに恋をする。独りよがりの恋だとしても。ナミビアのように切実を超えて至る場所で笑ってしまう。何というポップな才能。PUREの鉄拳は世界を吹っ飛ばす！

映画の前に久しぶりに東中野ギンザ通りにある鮒富佃煮店へ。

豊富な佃煮もさることながら、それらが美しい大皿に盛られ、ずらり並べられた様は、まさに佃煮アート、佃煮の小宇宙。
例によってマグロの角煮、うずら豆の甘煮、きんぴらを買って帰りました。

11月21日（木）
パブロ・ベルヘル『ロボット、ドリームズ』ヒューマントラストシネマ有楽町。

タイトルどおりの内容に素直に感動する。ニューヨークの孤独な夜、ドッグ君が買ったロボットとの友情。何の寓話にも教訓にもなってないのが素晴らしい。EW&F「セプテンバー」をこんなに巧く使って嫉妬するくらい。まだあの頃のNYは…うるうるとした気持ちになる。

ドッグ君の部屋には、ピエール・エテックス「ヨーヨー」のポスターが。

11月22日（金）
マキノ雅弘『日本俠客伝 花と龍』丸の内TOEI。
シリーズ9作目は火野葦平「花と龍」。金五郎に健さん、女房になるマンに東宝から星由里子。ところが壺振りの藤純子の方に情感溢れる演出が。突然、任侠映画になる殴り込みをかけるクライマックスでは藤純子が緋牡丹のお竜さんに変身。何でもありの日本俠客伝。
11月23日（土）
石井輝男『黄線地帯』シネマヴェーラ渋谷。

ラインシリーズの最高傑作！殺し屋天知茂と踊り子三原葉子の粋な台詞の応酬に痺れる。「女の約束と貞操を信じる奴は低脳だ」「女の言う事を真に受けると俺は鉄格子の中、小鳥は鳥籠から自由になる」。神戸のカスバ路地の猥雑さ。渡辺宙明スコアのスパニッシュギターも最高！
その他、シネマヴェーラでテレビドラマ「現代怪奇サスペンス」から、CMプランナー田中健に、スーちゃんが花束ストーカーになる『怖い贈り物』。旅館主人・結城美栄子と怪談の会に居合わせた蒼い怪人・堀内正美が、じつは蜘蛛姉弟『蜘蛛』の石井輝男の不条理スリラー二本を堪能。

田坂具隆『五番町夕霧樓』国立映画アーカイブ。

改めて見直すと佐久間良子にほとんど台詞はないに等しい。女将木暮実千代、上客の千秋実、娼婦仲間岩崎加根子によって映画は語られて行く。佐久間を見つめ、品定めするように生唾を飲み込む千秋実。水揚げした後で、佐久間の体を木暮に逐一品評する千秋の台詞の凄まじさ。
泣ければ良いというものではない、映画は。『湖の琴』も『五番町夕霧樓』も、主人公女性の悲劇にかかわらず、まったく泣けなかった。田坂具隆の筆致は、佐久間良子を美しく描くことを前提にしながらも、あくまでも男性目線で、ドラマの細密描写を重要視している。言ってみれば、佐久間良子とは美しい空洞の磁場。それに引き寄せられる中村鴈治郎、千秋実の狂った男性模様を描くことに、田坂具隆の興味と演出は集中される。
11月24日（日）
新文芸坐で憎い組み合わせの映画二本。
ボブ・フォッシー『レニー・ブルース』。ブルース・サーティース撮影の硬質なモノクローム画面が素晴らしかった。日向史有『アイアム・ア・コメディアン』。撮影がこれまで何度か仕事をした金沢裕司さん。二本併せて「スタンダップコメディアンという人生」。

ウーマンラッシュアワーも村本大輔という方もまったく知らずに興味深く観た『アイアム・ア・コメディアン』で気付いたのですが、COMEDIANという言葉に、MEDIAが、すでに含まれているんですね。
腰が痛く、風邪も全快せずで、体調は今ひとつでしたが、今週もお疲れさまでした……☆

11月11日〜17日 『野性の証明』から『若い川の流れ』まで

11月11日（月）
佐藤純彌『野性の証明』丸の内TOEI。
封切以来。角川春樹の意気込みが違う。高倉健のいる特殊工作隊が別荘に立て籠った反政府ゲリラを一瞬で殲滅する掴みはOK。両親を眼の前で惨殺された薬師丸ひろ子と暮らす除隊した健さんへの流れも良い。後がダメ。戦車やヘリと意味もなく大量投下する角川春樹の悪い癖。
丸の内TOEIで開催中の高倉健特集。ロビーには健さん主演の映画ポスターや東映時代の写真が飾られているのですが、個人的にいちばん眼を引いたのが、国鉄から東映に出された「映画“新幹線大爆破”に対する上映中止の要望」書と、東映の『映画「新幹線大爆破」に対するご要望に関して』という回答書。日本国有鉄道

東映株式会社 映画事業部　取締役宣伝部長 池田静雄殿

新聞、テレビなどで7月公開予定の映画"新幹線大爆破"の宣伝をしていますが、次の見地からこの映画上映に対して、その中止を要望します。
映画は「新幹線ひかり号（東京＝博多間）が爆弾を仕掛けられたまま発車した」ことを中心にストーリーが展開されているとのことですが、国鉄としては既にお話しのあつた企画の段階で、この設定が大きな社会不安をもたらすことを危惧して、口頭ではありますが、協力できないこと、またできたら中止して欲しい旨の申入れをしたところであり現在でも、在来線や新幹線に爆弾を仕掛けたといういたずら電話がほとんど連日あり、国鉄はその都度、万一の場合を考えて、該当列車を停車させ、車両、線路、駅などを点検し、安全を確認してから運行しており、利用客に多大の迷感をかけています。

かつて十数年前のことですが、映画「天国と地獄」の設定を悪用して、国鉄の列車を舞合に誘拐殺人事件を惹起して、大きな社会問題になったことがあります。

このように貴映画の設定がフイクシヨンであるとはいえ、貴映面の内容が特に昨今社会に大きな不安を与えている爆破ということが主題であることにかんがみ、その上映が社会に対して与える影響は、けつして好ましいものとはならないと思考されます。これらの事情を考慮して、この映画の上映計画を中止することを強く要望します。
日本国有鉄道広報部長　　山崎忠政殿

　　　　　　　東映株式会社映画事業部 企画製作部長 登石雋一

映画「新幹線大爆破」に対する要望に関して

映画「新幹線大爆破」は、もとよりフイクシヨンであります。
"フイクシヨンといえども犯罪の模倣性がある"という御主張ですが、映画の持つ文化性と観客の理解度は、想像のような低次元のものでは決してないと考えております。
過去、何回か犯罪のヒントとして映画が挙げられたケースが無いではありませんが、犯罪心理学の面から見ても一般性があるとは考えられません。

更に、この映画の場合には、慎重な検討の結果科学的には可能であっても現実には非常に可能性の少い手口を使用しており、到底模倣性のあるものとは考えられません。

また貴信にもありますように、既に頻繁に爆破予告のいたずらが起きている現実の中で、この映画がことさらにそのような犯罪を誘発するという因果関係は問題になり得ないでありましよう。
むしろ、この映画の真の意図は、貴社公安本部および新幹線関係諸氏と警察の全面的な共同作戦の展開により、如何にして爆破魔を追求・逮捕するか。如何にして乗客の安全を守るかという点にあります。
その間、新幹線の秀れた科学的機能、運転・公安御関係者の御苦労等を浮き彫りにし、かゝる犯罪の空しさを訴えようというものであります。

従って、弊社と致しましては、社会的悪影響よりもむしろ一般には諸種の好影響をもたらすものと考え、御社に対し当初から御協力方を打診致したような次第であります。

この弊社の意とするととろが御理解頂けなかったことは、まことに遺憾でありますがさりとて弊社の企画意図は決して誤つてはいないと考えております。
その意味で、この映画は貴殿お申入れの上映中止理由には該らないと存じられますので、貴意にお沿いできかねますことを御諒解願い上げます。
以上
………………⭐︎

11月12日（火）
フランシス・フォード・コッポラ『ゴッドファーザー』早稲田松竹。
封切以来。三時間の濃密な血まみれファミリードラマを堪能。眩い光の華やかな娘の結婚式、その傍らの暗い部屋でドン・コルネオーレに忠誠を誓う者だけを助ける会見が行われている。最後の洗礼と大殺戮の対比まで、冒頭のこの光景が綴れ織になる見事な作劇術！
11月13日（水）
石井輝男『現代任俠史』丸の内TOEI。
新橋文化で観て以来。様々な趣向が凝らしてある。パンナム機から日本刀を携えタラップを降りる健さん。ジャーナリスト梶芽衣子と恋におちる。またやくざ渡世に戻らざるを得ない健さん。行かないでと必死に止める梶芽衣子を熱く抱擁しながら幸せだったと呟く健さん。
『現代任俠史』を新橋文化劇場で観たのは1977年の事で、都内の名画座に通いはじめた大学生だった私は小さな青のノートに感想をつけていて『現代任俠史』を傑作！と書いている。昨夜見直しても、その根拠は判らず。ちなみに昨晩で今年の映画館での鑑賞本数は427本。

11月14日（木）
石井輝男『怪談昇り竜』シネマヴェーラ渋谷。
昨日の『現代任侠史』に続く梶芽衣子主演作。任侠映画に怪談、見世物小屋映画と断末魔の日活に詰め込めるだけ詰め込む石井輝男の映画魂。盲の刺客ホキ徳田に注目。『にっぽんぱらだいす』と並ぶ彼女の代表作。ヘンリー・ミラーと別居になった時、一旦帰った日本で撮った映画。

その他に、シネマヴェーラで石井輝男のテレビ怪談「怪奇十三夜」から、中尾彬、藤田弓子、津川雅彦の『番町皿屋敷』、新井茂子と山本豊三の仲を引き裂く吉田輝雄、その上に中原早苗と悪の上にはさらに悪がいる『おんな怨霊舟』。ケレンに満ちた石井輝男の極彩色の怪談を三本愉しみました。

11月15日（金）
田坂具隆『今日のいのち』国立映画アーカイブ。
再見。日活時代の代表作『乳母車』と『陽のあたる坂道』に挟まれ、陽のあたらない映画だが大好きな名品。キラキラした瞳で北原三枝をナイーブに愛する津川雅彦が最高。コート姿の北原三枝もキリッとして美しい。湖畔のアトリエから、静かに引いてゆく撮影も素晴らしい。

11月16日（土）
成瀬巳喜男『あにいもうと』ラピュタ阿佐ヶ谷。
濡れた手拭いで乳房まで拭く妊娠して家に戻ったシミーズ姿の京マチ子にまず感服。乱暴者の兄森雅之も素晴らしいが、かつての栄華に耽る、今は尾羽うち枯らした父親山本礼三郎の存在感！さらに浦辺粂子の母親の巧さ。日傘をさして並んで歩く京、久我姉妹に泣く。

内田吐夢『飢餓海峡』ラピュタ阿佐ヶ谷。
ン十年ぶり。この映画も名画座の定番中の定番だったけど今はあまりかからない。改めて見直すと吐夢の剛腕演出は凄まじいが後半の高倉健の三國連太郎への取り調べは乱暴過ぎないだろうか。娼婦の哀れを扱った同じ水上勉原作『五番町夕霧楼』の姉妹編として観る。
山田洋次『吹けば飛ぶよな男だが』ラピュタ阿佐ヶ谷。
再見。洋次的風来坊要素と森崎東の擬似家族テイストがミックスした傑作。天草から家出してきた少女・緑魔子と安いチンピラの少年なべおさみの不器用でウブで切なく苦い、世界一ちっぽけな恋愛映画。緑魔子の遺骨を持って訪れた天草の優しい描写に涙溢れる。『吹けば飛ぶよな男だが』チンピラ、なべおさみの格好や目の細いところなどテレビでは同年の秋、映画では翌年登場する『男はつらいよ』の寅さんとほぼ同じで驚きました。トルコ風呂を経営しているミヤコ蝶々がなべおさみの瞼の母かもという展開も『続 男はつらいよ』と同じ。すでに原型がこの映画で。

11月17日（日）
毛利悠子「ピュシスについて」アーティゾン美術館。
たいへん刺激的なインスタレーションの数々。自然の、世界の空気や流れをマイクやセンサー、コイルで拾い、更に増幅させる回路。理解するまで、時間を要してしまった。同会場にデュシャンやコーネルの作品も並ぶ。静かに挑発的で見応えのあるコラボレーション。同時開催で5階展示室では「ひとを描く」展、4階展示室では石橋財団コレクション選と現代美術からヨーロッパ美術の歴史、日本絵画まで、いっぺんに見ることができてお腹いっぱい。初めて大プリニウスの「博物誌」の本物を見ることができて感激。

田坂具隆『若い川の流れ』国立映画アーカイブ。
職場の同僚北原三枝が、専務の娘芦川いづみの婿候補に石原裕次郎を推薦したことから起こるそれぞれの母親、轟夕起子、山根寿子まで巻き込んで、2時間以上もかけて、やっと裕次郎と三枝のお互いの愛情を確かめる、具隆にしては洒落た演出の、世界一面倒くさい恋愛映画。

11月5日〜10日 『蛇娘と白髪魔』から『蝶たちは今…』まで

11月5日（火）
楳図かずお先生の訃報。
初めて映画化された楳図かずお作品『蛇娘と白髪魔』（1968）にタクシー運転手役で出演する楳図先生。
ご冥福をお祈りいたします。

楳図かずおマイベスト5。
『赤んぼ少女』『おろち』『イアラ』『洗礼』『わたしは真悟』
でも、小学生だった自分にいちばん怖かったのは、66年少年マガジンに掲載された短編『肉面』。
日高繁明『恐怖の弾痕』シネマヴェーラ渋谷。
柔道三段宝田明が就職したキャバレーは社長が小沢栄太郎、支配人が河津清三郎の国際麻薬密輸団だった。田崎潤の右翼団体が絡む。どんなハードボイルドアクションが展開するのかと思ったら柔道映画だった。すすき靡く仙石原の決闘は姿三四郎のオマージュ。珍品！柔道+ギャングノワール。
ジョニー・トーの映画に影響を与えているとかいないとか…
今年は無理かもと思っていましたが、今夜で18本。なんとか名画座手帳、いただきました。ありがとうございます♪
11月6日（水）
草野翔吾『アイミタガイ』TOHOシネマズ新宿。
小さな奇跡が集まることで宝石のように輝く。黒木華の親友が亡くなった事で時間、空間を乗り越えて、様々な人たちが繋がり始める。桑名を中心とした地方ロケが効果的。多少のあざとさは目をつぶろう。まさか最後に荒木一郎「夜明けのマイウェイ」が聴けるとは。
11月７日（木）
クリント・イーストウッド『許されざる者』早稲田松竹。
封切以来。監督デビューから二十年後の映画。還暦を越えイーストウッドは自分の初老を意識している。最後にピリオドのように「セルジオとドンに捧ぐ」。それから32年、まだ彼は旅の途中。折り返し地点に過ぎなかった映画。孤高の美しさ。怖しい。11月8日（金）
若尾文子さまの誕生日。
若尾文子さん、お誕生日おめでとうございます♪
写真は若尾さまが初めてテレビドラマに主演した坂口安吾夫人・坂口三千代原作、1968年 TBSで放送された安吾、三千代の結婚生活を描く『クラクラ日記』から。鈴木清順『けんかえれじい』ラピュタ阿佐ヶ谷。
名画座の定番中の定番すぎて、ディープ清順ファンからは看過されやすい映画。何十年ぶりの鑑賞。麒六高橋英樹のけんか青春。どの場面にも清順らしい突飛なアイデアと笑いに満ちて改めて大感激！浅野順子は可愛いく、松尾嘉代は影の女。夜の桜は満開で、ぱっと散る。

東中野名物、かしわぎラーメン。外ではあまりラーメンは食べないが、前を通るたび、混んでいるので、いつか食べようと思っていた。映画の帰り、珍しく空いていたので、初めて入った。ラーメンらしいラーメン。それだけで満足。11月9日（土）
ラピュタ阿佐ヶ谷で市川崑『あの手この手』再見。森雅之、水戸光子の夫婦の家に突然闖入したじゃじゃ馬娘・久我美子。眼をくるりんとしてセーターをいじる仕草がキュート。工藤栄一『大殺陣』三回目。暗殺の前夜の大坂志郎家族とその朝の山本麟一と宗方奈美に起こる残酷な出来事に胸締めつけられる。
高橋伴明『TATTOO［刺青］あり』ラピュタ阿佐ヶ谷。事件そのものを直接描いていないのが良い。息子を溺愛し過剰な期待を寄せる母親渡辺美佐子案件。長廻しで関根恵子が綺麗に撮れている事に驚く。上映後、高橋伴明監督と予定にはなかった高橋惠子さんのトーク。台本を読んで天啓と思ったという高橋さん。高橋惠子さん曰く「出演料が一桁違って驚いた」。製作費は三千五十万。追加の五十万は最後の暗い駅で息子の遺骨を抱えた渡辺美佐子さんが宇崎竜童の帽子を被るカットを寄りで撮り直したから。
11月10日（日）
ジョセフ・ロージー『パリの灯は遠く』日仏学院エスパス・イマージュ。アラン・ドロン製作・主演。全裸女性の身体検査の冒頭からショッキング。ドロンと同姓同名の男がいる。その男はユダヤ人。じりじりと追い詰められるドロン。心理サスペンスにヴィスコンティ的装飾美、ベルトルッチ的頽廃美を織り交ぜるロージーの幻惑の匠。圧倒的最後の恐怖。

上映後、さらに映画俳優アラン・ドロンと『パリの灯は遠く』を掘り下げる上條葉月さん、クレモン・ロジェ氏、坂本安美さんのディスカッション。
それにしても『パリの灯は遠く』という邦題はいただけない。
石井輝男『蝶たちは今…』シネマヴェーラ渋谷。
「土曜ワイド劇場」2時間サスペンス。二重三重のトリックで良くできたスリラー。蝶々の恐怖に慄える松尾嘉代、その娘林寛子、デビュー間もない樋口可南子たちの愛と欲望が渦巻く。謎を解く田中健と坂田修がモラトリアムにスーダラ過ぎて70年末の時代を反映。

今週もありがとうございました……★

10月28日〜11月4日 『鶴亀先生』から『惜春』まで

10月28日（月）
シネマヴェーラ渋谷で青柳信雄『鶴亀先生』。教え子を頼って来た体育教師上原謙がたらい回しにされる図に『秋刀魚の味』を思い出した。井上梅次『アチャコ青春手帖 第四話めでたく結婚の巻』。
新東宝、吉本提携作品。日本の喜劇人勢揃い。密輸団、キャバレー、歌にダンス。梅次にかかると喜劇もサスペンス！
10月29日（火）
吉田喜重『秋津温泉』国立映画アーカイブ。改めて見直せば、十七年の間、たった五回の逢瀬による岡田茉莉子の純愛。茉莉子さまの美しい横顔、瑞々しい演出、成島東一郎の見事な撮影、メロドラマを盛り上げる林光の音楽、どれも溜息の一流品。上映後に岡田茉莉子さんと舩橋淳監督のトーク。吉田喜重監督への溢れる愛。

短い時間ですが『秋津温泉』には現在ミッドタウン日比谷の場所にあった三信ビルが登場します。長門裕之が勤めるようになった出版社での宇野重吉と山村聰の場面は三信ビルのエレベーターホール。長門裕之が化粧品販売部員・芳村真理を口説くアーケードも三信ビル。背景にニュー・ワールド・サービスの看板も。

10月30日（水）

山本嘉次郎『俺も男さ』シネマヴェーラ。

八頭身の久保菜穂子が袖口と襟口が豹柄の黒のタイトなワンピースで登場した時は期待大。その他に事務員筑紫あけみ、踊り子安西郷子にモテモテの鶴田浩二が女性スキャンダル雑誌の餌食になる。せっかくの丹波哲郎のムダ遣い、全体にテンポも悪く、ナイトクラブでの格闘アクションもなってない。

松林宗惠『青春ジャズ娘』シネマヴェーラ。新倉美子の歌からフランキー堺のドラムソロで始まるジャズに興奮。引き抜きでバラバラになったバンドが復活するまで。いかにも井上梅次的物語。しかし監督は松林和尚。『嵐を呼ぶ楽団』より7年も早い。やはり江利チエミの歌！一流ミュージシャンが次々に登場。眼と耳がクラクラするほどの贅沢品。

10月31日（木）
若松孝二『犯された白衣』神保町シアター。
再見。ゆで卵のようなつるっとした顔につぶらな瞳の美少年唐十郎が、寮の看護婦を次々と射殺してゆく。一人だけ殺さなかった少女・夏純子。血まみれの池の中で夏純子の膝枕で胎児のように丸くなって眠る唐十郎。観客の扇情を煽りながら60年代の若松孝二は胎児の夢をみる。

若松孝二は、演出よりプロデューサーとして鼻の効く人というのが私の自論。足立正生、大和屋竺、沖島勲らがシンクタンクとして彼の映画を支えた。実は強烈な演出個性を持っていない若松孝二の場合、脚本の質と俳優に大きく映画が左右される。若松孝二とは透明な入れ物であると思う。
『犯された白衣』は唐十郎の映画初主演作ですが、その前に一本、中平康の『夏の嵐』（1956年）に北原三枝が勤める特殊養護学校の生徒の役で出演。父親の財布を盗んだと告白し、北原にぶって欲しいと懇願。ぶたれると「ボク、先生のことが好きだ」と恍惚の表情を浮かべる大靏義英こと唐十郎。

11月1日（金）
阪本順治『どついたるねん』ラピュタ阿佐ヶ谷。
封切以来。改めて感嘆。監督デビュー作でここまでやるとは！ボクシング映画の傑作。なんてたって赤井英和本人が主役なのだから。クライマックスの大和武士との試合には呆気に取られやがて涙する。笠松則通の大阪の街を詩情豊かに描く撮影も素晴らしい。

1983年、1億6000万円の負債を残したままプロデューサー荒戸源次郎は潜伏。6年後に『どついたるねん』を抱え再浮上。原宿交差点近くの銀色ドームで公開。観に行った後、前のラフォーレの本屋で荒戸さんと偶然会った。「なんだお前、観に来てたのか」なんとも素気ない。それが荒戸さんと最後に会った光景になった。
11月2日（土）
野村浩将『緋牡丹記』シネマヴェーラ渋谷。
新東宝特集の度にずっと気になっていた筑紫あけみ。可愛いのだが演技はイマイチ。この映画では父親の失踪した母親花柳小菊と二人暮らし。佐野周二と結婚する事により幸せになる。恋人国方傳を待つ姿が美しい。本当の父親清水将夫と別れる姿に泣く。一気にあけみファンに。
小石栄一『母の曲』シネマヴェーラ渋谷。
酒飲みで教養がなく、けれど子ども思いの母親をやらせたら望月優子と並んで右に出る者がいない三益愛子。娘安西郷子の幸せを願い身を引く三益。土砂降りの結婚式の中、窓越しに新聞紙を頭に被り、窓から窓へと廊下を歩く花嫁を追う三益の哀れと愛の表情は至極の芸。
ジャック・ドレー『フリックストーリー』日仏学院。
追悼アラン・ドロン。『太陽がいっぱい』『仁義』『サムライ』もいいけれど、普通の刑事役のドロンが見たい。これは最適の映画。脱獄した凶悪強盗殺人犯ジャン・ルイ・トランティニャンを執拗に追う刑事。二人並んでもトランティニャンに花を持たせるドロンのカッコ良さ。

11月3日（日）
吉田喜重『BIG1物語 王貞治』国立映画アーカイブ。
貴重なドキュメンタリー。喜重は一本足打法にこだわる。756号のホームランは1/1000秒のチャンスを捉え4.2秒後に観客席に消えた幻だという。鏡の前で何万回も繰り返された一本足打法のシャドウバッティングの中のたった一回のこと。一柳慧の音楽も素晴らしい。感動。
セルジオ・レオーネ×クリント・イーストウッド×エンニオ・モリコーネ『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』早稲田松竹。
二本とも何十年ぶり。血の滴るビーフステーキを二枚食べた気分。
『荒野の用心棒』ポンチョの下の鉄板にニッコリ。
『夕陽のガンマン』L・V・クリーフと賞金稼ぎのコラボ。大満腹！
中川信夫『ほらふき丹次』シネマヴェーラ渋谷。
藤田進、なんて素晴らしい役者だろう。この映画で改めて思う。ほらを吹く場面もいい。巡査東野英治郎を交えた水村国臣、安西郷子との牧歌的生活もいい。可憐な安西への仄かな想いもいい。なおさら後半の悲劇が際立つ。チラシの解説に中川信夫の“隠れた逸品”とある、まさにその通り。

11月4日（月）
毛利正樹『東京カチンカ娘』シネマヴェーラ渋谷。
人気サンドイッチマン古川緑波の娘で洋装店のモデル折原啓子は作曲家の若原雅夫と恋におちる。新曲は「銀座のカチンカ娘」。ロシア民謡カチューシャと「銀座カンカン娘」をミックスしたような歌。暁テル子のパンチある唄が映画に活気を与える。もうひとつの「銀座の恋の物語」。
萩原遼『大江戸の鬼』シネマヴェーラ。
毎夜、起こる般若の面を被った犯人による連続殺人。事件を追うのは傳七親分・大河内傳次郎。出所したばかりの長谷川一夫に疑いがかかる。果たして江戸の鬼とは誰か？美術、撮影も陰影深い江戸の街の夜のミステリーを見事に表現する。タイトル挿画は岩田専太郎。残念ながら、映画としては、あまり面白くないです。
齋藤寅次郎『社長野郎ども』シネマヴェーラ。
色と金儲けに目がない社長ども。でもやる事は騙されて失敗ばかり。千くらいの三文ギャグがこれでもかと詰まっていて呆然。新東宝末期の齋藤寅次郎は、60年代に入った時代を下手クソに反映しながら、期せずして「ゲバゲバ90分」やルイス・ブニュエルに近づいてしまった。
木村惠吾『惜春』シネマヴェーラ。
再見。やはり最後には泣いた。女房笠原シヅ子が巡業に行っている間、手伝いに入った山根壽子と逆玉亭主上原謙の微妙な関係。二人の距離を別つ踏切の使い方があまりに上手い。一夜だけの二人の熱海旅行、ダンスの夜の香しさ。桜散る熱海の夜を再現する下河原友雄の驚愕の美術！

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今週もお疲れさまでした……⭐︎