|
カテゴリ
My Profile My Works and…☆
田旗浩一(月本夏海):My Profile My Works 誰もアンディ・ウォーホルを知らない はっぴいえんど ジョン・コッシュのすべて 変形ジャケットの世界 官能的!Sensual Covers カル・シュンケル&ネオン・パーク 水玉アワー(1986) Tokyo Pictures(1987) Forest(1993) LINKS 吉岡実の「本」 ソール・バス 楽譜ギャラリー _____________☆ 星渉・MENU __________☆ Maximum Joy __________☆ 神の味噌汁 ____________________☆ Cherubim weblog ____________________☆ Fillmore And More _____________☆ とくながたかのりのSPECIAL Days _____________________ あなたに映画を愛しているとは言わせない 町山智浩アメリカ日記 内田樹の研究室 ______________ 利庵 小笹寿司 銀杏 最新のコメント
お気に入りブログ
タグ
澁澤龍彦(16)
堀内誠一(11) スガシカオ(10) The Beatles(6) ユーミン(6) 村上春樹(6) ギドン・クレーメル(5) ボブ・ディラン(5) マルタ・アルゲリッチ(5) 山下和美(5) 大島弓子(5) 鈴木清順(5) ティム・バートン(4) 亀渕昭信(4) アルヴォ・ペルト(3) ザ・タイガース(3) ジョン・レノン(3) ティナ・ラッツ(3) ミッシャ・マイスキー(3) ロバート・アルトマン(3) 以前の記事
2012年 04月
2012年 02月 2012年 01月 2011年 11月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2010年 11月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 検索
最新のトラックバック
ライフログ
ファン
|
2010年 08月 30日
田家秀樹『みんなCM音楽を歌っていた 大森昭男ともうひとつのJ-POP』(徳間書店)やっと読了。
三木鶏郎の冗談工房から出発した音楽プロデューサー・大森昭男の仕事を本人からの緻密な資料と60年代、70年代、80年代とその仕事に関わったアーティストからの取材で構成した労作。いずみたく、小林亜星、杉山登志、結城臣雄、伊藤アキラ、鈴木慶一、井上鑑、樋口康雄、坂本龍一、矢野顕子、大貫妙子、糸井重里とキラ星のごとく当時のCM音楽に関わった人々が登場するが、もっとも読み応えのあるのは“第6章「三ツ矢サイダー」での出会いから「熱き心に」まで”の大瀧詠一VS大森昭男の対談。 参考サイト;日刊イトイ新聞 みんなCM音楽を歌っていた 日曜の午後「山下達郎のJACCS CARDサンデー・ソングブック」を久しぶりに聴く。 「納涼夫婦放談」二週目。 この竹内まりやとの夫婦放談といい大瀧詠一との新春放談といい十年一日のごとく内容が変わらぬ印象。スピード勝負の現在の音楽界に反して、時の流れがのんびりとしたところがこの番組のいいところ。
2010年 06月 21日
6月10日TBSラジオ「ニュース探求ラジオ Dig」内「コラム・チキチキ塾」で荻上チキが紹介したノンフィクション作家・河合香織の『誘拐逃避行 少女沖縄「連れ去り」事件』(2007年・新潮社)を読む。たんなる被害者という構図におさまりきらない少女と単なる欲望を満たすための誘拐とは言い切れない中年男の「沖縄逃避行」の実態を一種推理小説のように探るルポルタージュ。二人の背景にそれぞれ過酷な過去と現実が横たわる。これがごく近年の事件だったことにも驚く。 6月18日(金)「Dig」水曜パーソナリティ、藤木TDCの『アダルトビデオ革命史』(2009年・幻冬舎新書)を読む。驚いたのなんの。本自体はとても興味深い40年にわたるすぐれたAVメディア史だったのだが、80年代の知り合いがAVという日本独自のジャンルを創り上げた男の一人としてかなりのページ数にわたって登場するからだ。 80年代初頭の記憶が沸々と沸き上がる。 このことは書いていいものかどうか大いに悩むところ。 6月20日、樋口毅宏『さらば雑司ヶ谷』(2009年・新潮社)読了。タイトルに惹かれて読みはじめたが、内容はぐいぐい引き込まれるテンポのいいハードボイルド&バイオレンス小説。著者が生まれ育った雑司ヶ谷というローカル=宇宙=策謀渦巻く暗黒街!という描き方も秀逸。タランティーノの『レザボア・ドッグス』などさまざまな映画に、そしてビートたけしに捧げたオマージュにも読める。張り巡らせた伏線の回収もみごと! ところで阿部和重『ピストルズ』をさっぱり読み進められない。その原因のひとつがこの最低の帯・推薦文のせいだと思う。 「書かれてはならない小説が書かれてしまった!それが誰にでもすらすらと読めるのだから、これは僥倖と呼ぶしかない稀有の事態である」蓮實重彦(評論家) ったく…
2009年 08月 22日
山城新伍の名著として評判の高い「若山富三郎・勝新太郎 無頼控 おこりんぼ さびしんぼ 」(幻冬舎・1998年)をやっと読んだ。
ずる賢いけど、どこかお茶目で憎めない。 笑顔の奥に潜むぎらりとした鋭利なまでにあざとい役者魂。 その毒舌には愛嬌があり、つねに観る者・聴く者を楽しませようと意識している。 そんな山城新伍が「おやっさん」と敬愛する若山富三郎とその弟・勝新太郎について、その出逢いから二人が亡くなるまでの交流とエピソードを語った名文章。 ![]() 各章仕立てが、前口上、第一幕から第四幕、そして終幕となっているのも役者・山城新伍らしい。文章はすぐれて明晰で、どのエピソードもおおらかなウィットに富み大いに笑わせ、ときに泣かせる。若山と勝新というふたりの役者馬鹿に対する愛に溢れ、文章の合間に映画と芝居への愛情と敬意、自分が役者であることの矜持が色濃く滲んでいる。 山城新伍が亡くなった今、前口上「ふたりの座頭市」として書かれた冒頭早々の次の文章には深く考えさせられ、嘆息してしまった。(以下すこし長いが引用する) ☆ 最近、あるバーで何の気なしに葉巻を吸っていたら、カウンターの向こうにいた若い女のコ連れがこう言った。 「あ、山城新伍だ。葉巻吸っている!」 「みんな吸ってるのよね。キムタクの影響でしょう」 ぼくは椅子から落ちそうになった。 キムタクの影響? 何かのドラマでキムタクが葉巻を吸ったことが、若い女のコたちの葉巻ブームをつくったのだと言われているそうだ。 オレがいつから葉巻を吸っていると思ってるんだ、馬鹿野郎。 でも、そういった女のコたちの気持ちの中では俳優の中でキムタクがメインであるということは事実だ。 かつての名優たちが老け込んで、彼の脇を通り過ぎるだけのドラマを見るのは、正直悔しくてたまらない。 アメリカではジーン・ハックマンもショーン・コネリーも、みんな晩年になってもそれ相応の主役、ヒーローを演じ、人々に楽しまれているというのに……。 それはそうだろう。人生には、年相応のドラマがある。七〇代には七〇代の、八〇代には八〇代のヒーローがいてもいいじゃないか。若い世代のドラマや映画ばかりでは、おかしいということだろう。 それに比べて日本はどうだ? 死んでから「追悼番組」なんてアホくさい持ち上げはやめてほしい。 役者の価値をわかっている作り手が、今の日本にどれくらいいるだろう? ふと盟友の顔、名優の顔が胸に浮かぶ。 「往年のスター」という呼び方は哀しい。それは「敗残者」という意味に近いのだから……。 ☆ もっともである。 私生活でも芝居でも、死ぬまで役者根性丸出しだった。若山に勝新、そして山城新伍。スクリーンにもテレビにも、もうこんな役者たちは二度と現れないだろう。 表紙の下1/4を空白にした和田誠のイラストと装丁もすばらしい。 今さらだが、心から「役者やのう」と拍手を送りたい。 合掌。
2009年 03月 18日
日曜日に突然図書館からメールが入った。
予約していた本が届いたのだという。 「あれ、何か予約してたっけ?」 すっかり忘れていた、もう何ヶ月も前に立川談春の『赤めだか』を予約していたのだった。図書館の人気新刊本の予約待ちは、それはすごく数ヶ月はおろか、ものによっては一年近くになるものさえあるのだ。 まるで分厚い辞書のような古川日出男の『聖家族』の738頁(そのうえ上下二段組み頁構成)を読みあぐねていたので、さっそく昨年出て評判の高かった『赤めだか』の方を先に読んでしまった。 『赤めだか』(立川談春著、2008年・扶桑社)談春が十七歳で談志のもとに弟子入りし、二つ目そして真打ちになるまでの師匠や同じ弟子仲間たちとの交流や葛藤のさまざまなエピソードを描く。エッセイでもない。ドキュメントとも違う。これは落語の言葉で書かれた、立川談志へ捧げる新作落語なのだ。 「立川流」のあまりに厳しく下らない修業とそのエピソードに笑い、涙が出る。 が、立川談志への深い敬愛がずっと底辺に流れ続けている。 いちばん気に入った箇所をすこし抜き出しておこう。 高田文夫から誘われ、談春と志らくといっしょに、米助、小遊三師匠も参加する忘年会に行った時のことだ。(ちなみに志らくは高田の大学の後輩で、立川一門に入門した)談春がカラオケで内藤国夫の「おゆき」を唄い高田から喝采を受け、志らくが師匠・談志のエピソードをしゃべり倒す。それは、すべてないことに、ないことで(いわば全部その場のつくり噺)、その間を談春がつないでいく。スナック内は大爆笑の渦となる。 ☆ 「いやあ面白い。高田さん、この子達、面白いよ」米助師匠。 「だろう。こいつら何か変なんだよな。お前等売れたら談志師匠のエピソードで本出せるぞ。…(以下略)」と高田先生が云った。 ☆ まさしく、そうなってしまったわけである。 ただし、最終章「特別編その二」の「誰も知らない小さんと談志」の締めくくりは、ちょっとセンチメンタル、美談に流れすぎ、談春の性質をあまりに露わにしすぎた感がある。 すこし、語りに酔ってしゃべりすぎてしまったと思う。
2009年 01月 27日
『ヒットこそすべて オール・アバウト・ミュージック・ビジネス』(朝妻一郎著、白夜書房・2008年)朝妻一郎の昨年出た473頁にも及ぶこの日本のポップス・ロック史でもあり、原盤権や著作権についての音楽ビジネス書でもあるこのすごい本のことを書いているうちにコンピュータがフリーズしてしまい、書いていた内容はすべてぱあになった。とりあえず、時間もないので、今朝のうちは書きかけにしておく。 書いている途中で、それがおじゃんになった時のダメージはでかい。 このブログでも、投稿欄にそのまま書き込むことはない。以前そういうことをして何度も失敗したから。まずはテキストエディットで下書きをしてから、それをコピーして投稿欄に移す。 朝妻一郎のこの本に関しては、目次を書いておくにとどめる。さまざまな視座からの「朝妻一郎のオール・アバウト・ミュージック」がここからでも、ある程度はわかるはずだ。 第1章 1943-1965 少年時代 ポール・アンカ・ファンクラブのころ ニッポン放送ラジオデイズ (対談)木崎義二 ライナーノーツ・セレクション エッセイ 連載「ティンパン・アレイの歴史」 第2章 1966-1970 生まれたばかりのパシフィック音楽出版 音楽業界の変化の中で ザ・フォーク・クルセダースとジャックス (対談)亀渕昭信 ライナーノーツ・セレクション インタビュー「ロックンロール時代のポップス量産システム」(聞き手/萩原健太) 解説:クライヴ・デイヴィス「レコードビジネスの内側」 第3章 1971-1980 70年代のナイアガラ パシフィック音楽出版と70年代のアーティストたち A&Mレコードとの契約秘話 (対談)大瀧詠一 ライナーノーツ・セレクション アンケート:私の選んだベスト・アルバム1969〜1978 エッセイ:「スペクター・サウンドからナイアガラ・サウンドへ」など 第4章 1981-1987 A LONG VACATION フジパシフィック音楽出版設立と時代の変化 連載「アナザー・サイド・オブ・ミュージック・ビジネス」 第5章 ウィンドスウェプト オール・ユー・ニード・イズ・ヒット 講演:進化する音楽著作権ビジネス〜音楽著作権を活用した資金調達の事例と問題点など 対談:秋元康 各章冒頭の2〜3項目が本書のための語り下ろし。 それ以外は各時代時代で音楽誌に書かれたライナーや連載、その他講演の記録になっている。(当時のライナーノーツは今では古びてしまっている感もするし、当時の雑誌調の読みにくい細すぎる明朝体もなんとかしてほしかった。)
2009年 01月 20日
『「月光仮面」を創った男たち』(樋口尚文著、2008年・平凡社新書)
![]() 『月光仮面』は幼い頃に再放送で見た世代である。『月光仮面』の放送がはじまったのが昭和33年(1958年)というから無理からぬことだ。制作は広告代理店の宣弘社プロダクション。企画者は宣弘社・社長の小林利雄、原作は昨年亡くなった川内康範、監督は船床定男、主演は大瀬康一。本書はけっして昨今流行りの「昭和ノスタルジー」に耽るようなものではない。そこがよかった。著者の樋口尚文は映画批評家でもあるので、1958年というその後斜陽化を進んでいく映画界とこれから台頭するテレビ界の相方のメディアのあり方を照射しながら書いている点に好感が持てる。 それでも、宣弘社プロダクションという名前は私の目に焼き付いた懐かしい名前だ。『月光仮面』後の宣弘社作品『豹(ジャガー)の眼』『怪傑ハリマオ』『隠密剣士』(いずれも監督は船床定男)はワクワクしながら観ていたのでよく覚えている。80年代にビデオレンタル屋ができはじめた頃、昔の映画や懐かしのテレビ番組が多くビデオ化された。その中に『月光仮面』もあったので、なつかしさ半分で見直したことがある。しかし、低予算の乏しい撮影環境でつくられた作品だけに、全編観るのも忍びない作品だった。テレビ勃興期の中のその辺の事情を、この本はうまく記している。 ちなみに監督の船床定男をネット上で検索してみても、船床の仕事の全容は知ることができない。Wikipediaにもその名前は出て来ない。子ども向けのテレビ作品ばかりを多く手がけ、監督としては評価が高くないからなのか。そうした意味でも本著は貴重である。なぜなら、船床定男には、師に伊藤大輔、兄弟子に加藤泰がいるという意外なプロフィールの紹介も忘れていないからである。 その他読んだ本: 『ショーケン』(萩原健一著、講談社・2008年)ゴーストライターが書いたというより、あくまでも聞き書きである。暴露本の類として昨年話題になっていたが、役者、萩原健一がこれまで付き合ってきた神代辰巳、工藤栄一などの監督論や、それらの作品を通じての自分の演技論になっている点は見逃せない。 ただ私自身、彼の70年代のテレビ番組の代表作『傷だらけの天使』『前略おふくろ様』『祭りばやしが聞こえる』など残念なことにほとんど観ていない。その頃アパートの部屋にはテレビがなかったからしようがない。 『漂泊の王の伝説』(ラウラ・ガジェゴ・ガルシア著、松下直弘=訳、偕成社・2008年)いわゆる児童文学にあたる作品だが、これはすばらしい「詩と人生」をめぐるドキドキ、ワクワクするエキゾチックなフレーバー溢れるファンタジー。 砂漠の王国、キンダの王子ワリードは貧しい絨毯織りの詩によって、夢と名誉をうばわれてしまう。憎しみにかられ、ワリードはその男に難題をもうしつける。人類の歴史をすべて織りこんだ絨毯をつくれ、と。それは、成しとげられない命令のはずであった…。 後半、SF的要素も加わり、まるで映画を観ているようなダイナミックな展開になる。 『人間を撮る ドキュメンタリーがうまれる瞬間』(池谷薫著、平凡社・2008年) 著者のドキュメンタリー『蟻の兵隊』をとても観たくなった。 『名人 志ん生、そして志ん朝』(小林信彦著、文春文庫・2007年) 大須演芸場での志ん朝の姿が印象的。志ん朝はちゃんと聴く必要あり。
2008年 09月 23日
去年の今ごろ、北鎌倉にある澁澤龍彦の家を仕事で何度も訪れては、生前のまま残された書斎の澁澤さんの机に触れ、その椅子に図々しく腰掛け、そのぐるりに囲まれた本棚を眺めては、感慨深くため息をついていた。
有名な篠山紀信の写真でうかがえるほど、金子國義の『花咲く乙女たち』やスワーンベリの版画がかけられた居間はそんなに広くはない。四谷シモンの人形の置かれた書斎も同様である。書斎左側の大きな窓からは、鎌倉の野の草花が咲くこぢんまりした静かな庭が見える。正面の本棚には、バシュラールなどの翻訳本が目立つ。手の届きやすい背後の本棚には、サド関係の原書がおびただしく並んでいる。書庫は、居間から書斎に向かう左側の通路を曲がったところにあり、そこには自分の著書が数多く並んでいる。つまり、けっして澁澤さんは図書館ほどの山のような分量の本に取り囲まれて暮らしていたわけではないのである。澁澤さんは、自分の好きな本と仕事に必要な本をちゃんと選んで律儀に職人肌の仕事をしていたのだ。現在、私の家には本棚というものが存在していない。前にも書いたが、以前、本やレコードなどはいっさい処分してしまったからだ。どちらかと言えば、生涯無一物を誇った稲垣足穂に近いかもしれないが、そんな立派な心意気でもない。 本棚は、自分の頭の中だけに存在していて、音楽はパソコンの中にだけ存在している。昨夜、カリノトウコさんへのコメント返しをしていて、ボルヘスの『幻獣辞典』に倣って、ありそうでありもしない著者の本が並んだ自分の本棚があってもいいのではないかと、ふと思ってしまったわけです。 名付けて「月本夏海・幻想の本棚」。(ハハハ自分でも笑ってしまいますが…) いま、具体的に見えるのは、私の『鏡の国のユートピア』とカリノさんの『幻覚意識と愛』の二冊だけですが、その間になにも本がないのではなく、じつはさまざまな本がまだ幻のままで並んでいます。 まあ、それらのありそうでなかった幻の本を、これからゆっくり探していこうというたんなる思いつきの企画なんですけどね。 (写真左:神保町.com 「書斎訪問 第1回 澁澤龍彦の書斎」より 写真右は我が家の壁の片隅)
2008年 07月 08日
うっとうしい梅雨時期だかと、その他いろいろあってあまり調子よくない。
おとといも下記事『ザ・マジックアワー』のことについて書いたことで自己嫌悪に陥った。好きじゃなかった映画について書くことは、結果自分が辛い気持ちになる。 読んだ本についてメモっておこうと思う。 『「仁義なき戦い」をつくった男たち 深作欣二と笠原和夫』山根貞男・米原尚志(NHK出版・2005年)2003年5月にNHK教育で放送された「ETVスペシャル・『仁義なき戦い』をつくった男たち」を一新して活字化したものだという。そんな番組があったことも知らなかった。NHKはときどき民放ではぜったいにやらないような番組を平気でつくる。2002年12月に脚本家・笠原和夫、翌2003年1月には監督・深作欣二がたて続けに亡くなった。今でも熱いファンを持つ映画『仁義なき戦い』シリーズをつくりあげたコンビだ。本書では、山根貞男の熱い心意気の論考と的確な日本映画への状況把握が光る。そして笠原和夫の膨大な取材ノートの再録も貴重である。 『TVピープル』村上春樹(文藝春秋・1990年) おもに89年に書かれた六編からなる短編集。どれも日常に潜む怖ろしさを描くちょっとしたサイコ・ホラー小説の趣。これまで読んだ彼の短編の中では、ちょっと異色の感がある。とくに最後の『眠り』が出色。彼の小説に表れる性描写が、いかに読者サービスであるかを気づいた次第。この短編で『加納クレタ』が登場、その後の長編『ねじまき鳥クロニクル』での主要登場人物、加納姉妹の外伝といったところ。(ああ叶姉妹ってのもいましたね。)
2008年 06月 07日
町山智浩『ブレードランナーの未来世紀』 (洋泉社・2006年)
80年代に入ると、映画界にあるひとつのジャンルができあがる。熱狂的なファンを持ち、その映画を神話的な存在まで格上げする「カルト映画」というジャンルだ。70年代のハリウッドが、その映画の脚本から完成までを監督がコントロールする「映画作家の時代」とするなら、80年代のハリウッドはそうした映画作家を追い出し、50年代のきらびやかな「夢工場」へ回帰した時代だと、まず著者は定義する。もちろん、このことへのきっかけには、1980年にマイケル・チミノが思う存分予算を使いつくった『天国の門』が興行的にも批評的にも大失敗し、ユナイテッド・アーティストを倒産させてしまったという有名な事件も大きな要因になっている。映画の全部を監督の作品にこだわる狂気に任せておいたら、どんな映画会社でも簡単に倒産しかねないという大きな教訓をその後のハリウッドに残してしまったわけだ。 町山智浩のこの本は、そうした新保守主義ともいえる80年代のハリウッド映画の陰で、スタジオから締めだされた映画作家8人の異様な「カルト映画」8本を中心に語った本である。以下に取り上げられた監督とその作品、各章のコーナータイトルを記す。 第1章 デヴィッド・クローネンバーグ『ビデオドローム』 ―メディア・セックス革命 第2章 ジョー・ダンテ『グレムリン』―テレビの国からきたアナーキスト 第3章 ジェームズ・キャメロン『ターミネーター』―猛き聖母に捧ぐ 第4章 テリー・ギリアム『未来世紀ブラジル』―1984年のドン・キホーテ 第5章 オリヴァー・ストーン『プラトーン』―Lovely Fucki'n War! 第6章 デヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』―スモール・タウンの乱歩 第7章 ポール・ヴァーホーヴェン『ロボコップ』 ―パッション・オブ・アンチ・クライスト 第8章 リドリー・スコット『ブレードランナー』 ―ポストモダンの荒野の決闘者 どの作家のどの作品も、私にとっては(オリバー・ストーンとダンテを除けば)80年代の映画のある側面を象徴する個人的にも大好きな記念碑的作品ばかりという印象だ。それを今思うとやはりたしかに80年代というのは異様な時代だったかもしれない。著者のこれらの作品を検証・解剖する手際は、監督へのじっさいのインタビューも交え、それはもうみごとである。本全体を貫くその評論のやり方は、著者がジェームズ・キャメロン『ターミネーター』の章でも書いている「優れた映画とは、キャラクターが観客の第一印象のままに終わらず、層を剥ぐように意外な本質を見せていくものだ」(P.90)という言葉に代表されている気がする。まさに各章に目から鱗のさまざまな驚くべき映画的真実が隠されている80年代アメリカ映画への愛情に溢れた好著と言える。ポッドキャスト配信「町山智浩のアメリカ映画特電」とこの本で、私はますます町山ファンになってしまった。 ところで町山智浩のこの本は、上記のような映画を意外とあっさり無視してしまったもうひとつの80年代的映画界の象徴的な出来事、(作家主義にこだわった)季刊「リュミエール」という映画誌への復讐劇と言えなくもない。(そういえば『エル・トポ』や『狩人の夜』といった呪われたカルト映画の傑作が公開されたのも、ミニシアター・ブームの起こった80年代のことなんだよねぇ…) ☆ 村松友視『トニー谷、ざんす』(毎日新聞社・1997年) 今でいえばあの英語日本語を混合するルー大柴の元祖とでも言えばいいのだろうか。トニーズイングリッシュ(トニングリッシュとも言う)「レイディースエンジェントルメン、アンドおとっつぁんおっかさん」など独特の喋りと一種異様な毒をもち爆発的人気を博した芸人トニー谷。私たちの世代が知っているトニー谷は、テレビ番組「アベック歌合戦」(1966年〜よみうりテレビ製作)くらいからだろう。(この番組でのトニー谷はもはや往時のスタイルの自己模倣にすぎなかった。)オールバックに独特の吊り上がったフォックスメガネにチョビ髭がトレードマーク。スマートな背広姿で、そろばんや拍子木をチャカチャカやりながら「あなたのお名前なんていうの?」と軽やかに腰をフリフリする司会者姿である。「おそ松くん」の「しぇー、○○ざんす」のイヤミのモデルともなった芸人だ。 しかし、そのトニー谷が司会業、ボードヴィル、映画と全盛を極めたのは、1950年から55年までである。「さいざんす」「おこんばんわ」「家庭の事情」など今でも記憶に残る多くの流行語を残した。しかも、この人の経歴というのが本人も多くのことを語っておらず、彼について書かれた資料も意外に少ないことから、ほとんど知られていない。 著者の村松友視は、祖父の村松梢風が昔の芸人たちといっしょに写ったアルバムを見ながら口走った「トニー谷の舞台には品があるよ…」という謎の言葉をキーワードに、その資料の少ない「トニー谷とは何者だったのか?」を探し出す旅にでる。 最後にトニー谷と共演した永六輔、トニーがよく司会をしていたジャズ・ドラマー、ジョージ川口、日劇ミュージックホールのヌード・ダンサー、メリー松原などとかつてのトニー谷を知る人物たちと会って話を聞き出し、過去の小さな雑誌記事などから綿密に検証しながら、村松流「トニー谷」像をつくりあげていく過程は軽妙かつスリリング。 著者も、途中からトニー谷の得意としていた「ざんす」で文章の最後を締めくくるようになったりするのも、だんだんと乗って書けていった証拠だろう。 これまで、トニー谷に言及した本は小林信彦の「日本の喜劇人」などあったにはあったが、ここまで徹底的に「トニー谷の謎」に迫った本はこれまでかつてないザンス。 ☆ その他: 川本三郎『ローリング・ストーンズをオルガンで』(音楽之友社・1993年)ストーリーや監督以外の映画の持つさまざまな「ディテール」の楽しみ方に目を向けた、いわば映画のトリビアをあちこちから集めた本。店主曰く「映画のこだわり雑貨店」。出版社が音楽之友社なので、このような本の題名にもなり、映画音楽に関する小ネタに全5章中、一章を設けている。これを読んで、数あるジョン・フォード映画中、なぜ私が『我が谷は緑なりき』という映画がいちばん好きなのかを、あらためて思い至ってしまった。寝ころんでごろごろしながら読むには最適の本。 アーシュラ・K・ル=グィン『空飛び猫』(村上春樹:訳、S.D.シンドラー:絵、講談社・1993年) なおもしつこく小規模にして継続中の「ひとり村上春樹フェア」一環の一冊。今回は(なつかしや)ル=グィンの絵本。
2008年 05月 30日
いかにして村上春樹ができあがったかを探求しているわけではないが、ウィリアム・フォークナーの『サンクチュアリ』(加島祥造訳・新潮文庫)を読んだ。この前友人と話をしているときに、たまたまフォークナーとボウルズの話になり、私はそのいずれも読んでいなかったので、これを機会に読んでみようと思ったわけだ。『ノルウェイの森』で主人公のワタナベが読む『八月の光』か短編集でもよかったのに『サンクチュアリ』を選んだのは、ときどき読書の参考にさせてもらっている「松岡正剛 千夜千冊」 でフォークナーのこの本を取り上げていたからだ。(ちなみに「千夜千冊」ではひとりの作家につき一作しか扱わない方針をとっている。)前にも書いたけど、私はフランス文学出身なので、このアメリカ文学を代表するひとりフォークナーの作品を過去読んだことがなかった。
それにしてもすごい話である。もうどうしようなく陰々滅々たる内容で主人公の弁護士ホレス・ベンホウくらいしかまともな人間が登場しないと言ってもいいくらいだ。ほんと救いようがない。話の舞台は1920年代のアメリカ・ミシシッピー。その田舎の森の中にある廃屋になってしまった屋敷に密造酒をつくり生活している一味がいる。こう書いただけで、このアメリカ南部の物語が独特の風土と因習を持つ陰湿なところの話であることがわかる。そこに生育する植物や鳥、または風景描写そして人物描写に関しては執拗に鋭い描写で迫るフォークナーの筆致。しかしストーリーに関してはけっして丁寧な書き方をしてはいない。まあ、さほど複雑な話ではないので、私たちはそのようなフォークナー独自のどこか乾いているようでねっとりとした精密な筆致を楽しんでいけばよいわけなのだが… ともかく物語の出だしがすばらしい。森の泉で水を飲んでいたホレス・ベンホウは、そこに近づいてきた不気味な男ポパイと出会う。ホレスが言う。「どうやら君のポケットのピストルがあるようだね」「こっちこそききたいぜ。そのポケットには何があるんだい?」とポパイは逆に問う。「本だよ」「どんな本だ?」「ただ普通の本さ。誰でも読むような普通の本さ。誰でも本を読むとはかぎらんけれどね」「おめえは本を読むくちなんだな」とポパイは言った。 その後、二人はポパイの屋敷によばれほんの一時を過ごす。その後に展開される陰惨な物語を予見するようなぞくぞくする描写が続くオープニングである。 物語のあらすじをあとがきをもとに抜き出そう。 性的不能者のギャング(ポパイ)は17歳の女子学生(テンプル)をトウモロコシの穂軸で強姦し、仲間の素朴な人間(トミー)を野良犬のように射殺し、テンプルをメンフィスの売春宿に隠し、彼女を別の青年(レッド)と同衾させてその光景を見つつ興奮し、やがてレッドも撃ち殺してしまう。(その間にテンプルはアルコール漬け状態である。)最後にポパイは自分の犯さぬ別の殺人容疑から死刑になるが、死刑の夜も、ともに祈ろうという牧師のすすめを無視して、ベッドに寝ころび煙草をふかしている。また、トミー殺害とテンプル強姦の容疑をかぶった酒密売人(グッドウィン)は「町」の偏狭な道徳観、検事の策謀やテンプルの偽証によって有罪となり、さらに町の男たちによって夜中に留置場から引きだされ、私刑(リンチ)にあう。ー ガソリン缶を負わされ、生きたまま焼き殺されてしまう。 とまあ、どうしようもないこんな話なのだが、この小説にはじつはもうひとつのストーリーがある。それは弁護士ホレスが保護するグッドウィンの小さな赤ん坊を抱える無垢な妻の物語だ。この部分が私はとてもいいと思った。この小説の唯一の救いでもある気がする。この小説は、凶悪なギャングたちやアメリカ南部の陰湿な物語であると同時に無垢な魂を持つ女の物語の側面をもっている。ただし、フォークナーはドストエフスキーのようにその魂の深淵まで誘っていきはしない。ただ投げ出すのみである。 これを読み終え、多くの日本の小説家がフォークナーから強い影響を受けていることを思った。それは大江健三郎であり中上健次であり、最近では『シンセミア』という傑作を書いた阿部和重である。 その他: 『村上春樹全作品 1990-2000 短編集Ⅱ』(講談社・2003年)彼のふたつの短編集『レキシントンの幽霊』と『神の子どもたちはみな踊る』をあわせたもの。後者からの「かえるくん、東京を救う」と村上春樹には珍しくものを書くということの意味を小説上で問いつめている「蜂蜜パイ」の二編がよかった。 黒川創『イカロスの森』(新潮社・2002年)先日読んだ『かもめの日』があまりにすばらしかったので、著者の過去のものを探ってみた。3つの時制のストーリーが、パズルのようにばらばらに進行しながら、やがてひとつの物語をなす。ただ、人物描写の深みに乏しく、『かもめの日』にいたる習作のようにどうしても感じてしまうのは、しょうがないところか。 ところで、このところバークレー在住の映画評論家・町山智浩氏のポッドキャスト配信「町山智浩のアメリカ映画特電」と、同じく町山氏も出演しているTBSラジオの「コラムの花道」のこれまたポッドキャスト配信を聴くのがとても楽しみになってしまった。「コラムの花道」は町山氏以外には吉田豪のコラムがずば抜けておもしろい。 これはお勧めです。 < 前のページ次のページ >
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||