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2011年 05月 17日
先週の金曜日TBSラジオ「小島慶子 キラ☆キラ」を何気なく聴いていたら、水道橋博士のコーナーが、藤圭子、宇多田ヒカル親子の共通パターンという話で、石坂まさをの本『きずな』のことを語っていた。…ん、あれ?
その要約の仕方と抜き出し箇所が、以前私の書いた「藤圭子 演歌の星を背負った宿命の少女の物語」の前半部分とあまりによく似ているので驚いてしまった。 「小島慶子 キラ☆キラ」5月13日(金)オンエア。 水道橋博士 ペラ☆ペラ:石坂まさをさんの「絆」という本について。
2011年 05月 01日
今さっきも軽い(?)地震が起きた。日々余震や地震が起きている。
半ばそれに慣れ、半ば不安をあらたにする。 以下は、ナショナル・ジオグラフィックが製作した「 Witness Disaster in Japan」という番組。 テレビやネットで見た映像もあれば、はじめて眼にしたものもある。よく集めよく編集したものだ。あの日の体験の怖ろしさが、何万倍以上にも増幅されて伝わる。今でもまさに言葉にならない。 National Geographic “Witness Disaster in Japan” (追記:上記映像はYouTubeから削除されたのでリンクを外しました) そしてラジオ批評ブログ「僕のラジオに手を出すな!」では「地震発生の瞬間のラジオ」というタイトルで、関東ラジオ局の各パーソナリティたちの地震発生時の対応とその模様をYouTubeから拾い紹介している。 そのリンクをそのままここでは掲載させていただきます。 「小島慶子キラ☆キラ」(TBSラジオ) 「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送) 「上柳昌彦 ごごばん!」(ニッポン放送) 同時にその時の各テレビ局の模様もマルチ・チャンネルで紹介している。こちらもまた別の意味で絶句し言葉にならない。 東北地方太平洋沖地震発生時の全テレビ局同時マルチ映像 風邪が一週間経っても、なかなか快方に向かわなく困っている。
2010年 07月 28日
毎週金曜深夜というか土曜早朝というか、ニッポン放送で「ラジオアーカイブ 発掘!ラジオ天国」(4:30〜5:00)という番組がある。ニッポン放送だけでなく全国のラジオ局に眠る過去の秘蔵音源を紹介する番組で、今年の4月からはじまった。パーソナリティは亀渕昭信さん(本人はアーカイブ・ジョッキーと呼んでいる)、構成は藤井青銅氏がやっているらしい。なにしろ時間が時間だけになかなかリアルタイムでは聴けないので、最近はなるたけ録音で聴くようにしている。
![]() 先日、7月17日放送分を聴いていたら、当ブログ「70年代日本映画とラジオの関係」で取り上げたラジオドラマ「HOUSE」の一部を流していた。以下はその概要。 ☆ 「オールナイトニッポン特別番組」ラジオドラマ「HOUSE」(昭和51年・1976年11月27日オンエア) 演出:上野修・大林宣彦 ナレーション:若山弦蔵 出演:岡田奈々、木之内みどり、林寛子、松本ちえこ、三木聖子他 ☆ ニッポン放送の第1スタジオから「オールナイトニッポン」の1部・2部をぶち抜いて4時間の生放送だったらしい。人気アイドルをこれだけ集めて生放送とは今では信じがたいが、録音でやるよりも(効果や音楽を事前に仕込んでおいて)生でやった方が迫力がある亀渕さんは話していた。それと録音でやるより現場はリスキーだが、結果的には早く終わるのではないかと思う。とは言え、4時間の生ラジオドラマの現場はさぞや大変だったに相違ない。 演出はドン上野こと上野修と大林監督の共同演出。出演は映画とは異なり、岡田奈々、木之内みどりなど当時の有名アイドル歌手たちが並んでいる。映画『HOUSE ハウス』の先行宣伝も兼ねられていたと推測されるが、映画は翌77年の夏休み公開。こちらのラジオドラマは半年以上前のずいぶん早いオンエアになる。 僕は映画の方は、当時奥沢に住んでいたので自由が丘の熊野神社のとなりにひっそりと佇むモルタル四角形の(わが懐かしの映画館)武蔵野推理劇場で観た。 余談だが、武蔵野推理劇場にはエントランスを出た正面左側に水飲み場があって、そこにはアルマイト製の水飲み用のカップがひとつ鎖でぶら下がっていた。これは二番館や名画座で映画を観るしかない当時の私たちのような観客への心配りだった。たしか『コミマサ・シネノート』(田中小実昌著・晶文社・1978年)には夏の熱い日、推理劇場で映画を見終わった後、コミさんがこのアルマイトのカップでおいしく水を飲む光景が描かれていた気がする。 ☆ さらに余談ながら、以前取り上げた藤井青銅氏の自伝的小説「ラジオな日々」の続編にあたる「ラジオにもほどがある」がまもなく小学館より出版されるとのこと。これには最後にオードリーとの対談も収録されているらしい。(藤井青銅は「オードリーのオールナイトニッポン」の構成作家) ☆ この日の「ラジオアーカイブ 発掘!ラジオ天国」ではラジオとアニメの関係ということで、他に以下の番組のさわりがオンエアされた。 オールナイト・ニッポン特別番組「がんばれ元気」(昭和52年・1977年5月24日放送) 出演:郷ひろみ あべ静江 田中信夫 松原愛ほか オールナイトニッポン・スペシャル「幻魔大戦」(昭和58年・1983年3月12日放送) 出演:古谷徹 小山茉美 池田昌子 永井一郎 佐藤正治ほか
2010年 07月 06日
樋口尚文『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』(平凡社新書・2009年)はこんな一文からはじまる。
☆ 一九七〇年代はかつて花形レジャー産業であった映画業界が壊れた時代にして、その崩壊に乗じてさまざまな異貌の映画表現が狂い咲いた時代でもある。☆ 60年代から斜陽の道を転がりはじめた日本映画は、70年代にはいるといよいよジリ貧になる。邦画界はカオスとも言える状況の中で、セックスとバイオレンス路線を中心に苦肉の策ともやけっぱちともとれるさまざまなキワモノ的作品群を生み出す。本書は、そうした70年代日本映画の傑作、怪作、奇作、珍作110本!を愛を込めて紹介している。その中の第4章「日本映画の世代交代」にラジオと関わりを記した箇所があったので、その部分を自分用のメモ代わりに抜き出しておきたい。 ☆ 「HOUSE」(1977年8月 東宝 大林宣彦監督) そもそもこの前年、深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン」の特番として、この「HOUSE」がラジオドラマ化されたのだが、木之内みどりや三木聖子といった当時の美少女アイドルたちがかたっぱしから家に喰われてゆくというお話に吹き出しつつ最後まで聴かされてしまった。しかしこの番組は、ドラマのブレイクタイムにリスナーの恐怖体験を混ぜたりして、けっこう真面目に怖がらせようとしていた記憶がある。(p.250-251) ☆ これはおそらくニッポン放送のドン上野こと上野修の仕事だろうと思われる。「HOUSE」は今でもAKB48あたりでリメイクしたらいいだろうに。 ☆ 「オレンジロード急行」(1978年4月 松竹 大森一樹監督) そして、同時上映が五木寛之原作、山根成之監督、郷ひろみ・松坂慶子主演「ダブル・スクラッチ」というのも実にそそる取り合わせだった。文字通り彗星のように登場した大森一樹と、そのよき理解者で「オレンジロード急行」の予告にまで登場して『すごい新人の登場」と持ち上げた山根成之の(松竹としては画期的な)カタカナ二本立ては、いかにも仲よく邦画を盛り上げようという意識が前に出た好印象の番組だった。そういえば当時、大森作品のタイトルにあやかった文化放送「オレンジ通りの映画館」という深夜ラジオ番組も山根成之がDJ役をつとめていたが、この番組もなかなか興味深かった。(p.258-259) ☆ 「天使のはらわた 赤い教室」(1979年1月 日活 曽根中生監督) (水原ゆう紀インタビュー部分・「赤い教室」で激賞を浴びた彼女が田中登の続編「天使のはらわた 名美」の主演を断る箇所) 当時「田中登を断る」なんてとんでもないことでしたし、TBSラジオの「パック・イン・ミュージック」で日本映画を応援していたパーソナリティの林美雄さんも「水原ゆう紀が『名美』の第2弾をやれば主演女優賞当確なのに」だなんて言ってくれたりしたんですが、無理でした。(p.285) ☆ 「青春の蹉跌」(1974年6月 東宝 神代辰巳監督) さて、「青春の蹉跌」といえば、今ひとつ忘れられないものがある。それは井上堯之の主題曲だ。にわかには信じ難いことだが、神代辰巳も長谷川和彦もこの稀代の傑作ラッシュを観ながら、こういうもので本当に大丈夫なのか不安でならなかったところに井上堯之の楽曲がついてかなり救われたという。(中略)特にリリカルな「青春の蹉跌」の主題歌は、この映画や『八月の濡れた砂」を筆頭に、当時邦画の力作を熱烈に推していたTBSの林美雄アナの人気深夜番組「パック・イン・ミュージック」のエンディングテーマとしても知られていることだろう。(p.304-305) ☆ 当時日本映画ともっとも密接な関わりを持ったラジオ番組と言ったら林美雄の「パック・イン・ミュージック」だった。
2010年 07月 01日
6月30日水曜日、この日は番組開始以来ずっと聴き続けている「小島慶子 キラ☆キラ」の小島慶子さんが15年務めたTBSを辞め、明日からフリーのラジオ・パーソナリティになる日。今日の放送は局アナ最後の放送になる。それで、朝、駅まで30分の道すがら「小島慶子 キラ☆キラ」へ記念に初投稿してみようと思いついた。
ラジオをまた聴くようになって3年。今やすっかりヘヴィ・リスナー。その間好きな番組に投稿メールをしたことは一度だけある。前番組「ストリーム」の「克哉のブラボーシネマ!」に映画の感想メールを送った。たまたま、その時扱った映画が、このブログで感想を書いた映画だったので、その文章をコピペして送った。このたった一度だけ。 番組が始まる前までに投稿しよう思い、昼休みの12時半頃、番組サイトを覗いてみた。六月三十日この日のメッセージ・テーマは「勝手に共感、小さな一体感!」。何かこれにちなんだおもしろい話はないかと考え、以前文化村ミュージアムで出会った「謎の学芸員?解説おじさん」というネタを思いついた。急いで文章を打って番組開始の1時直前に投稿する。ラジオネームはすでに考えてあった。「もし自分がハガキ職人(メール職人?)だったら?」と電車のなかでTBSラジオの深夜放送「JUNK」なんかを聴きながら妄想していたラジオネームにする。 毎日電車のなかと家までの道のりを、録音したその日の「キラ☆キラ」を聴いて帰る。この日もそうした。投稿した以上は読まれたい。これが心理というものである。 しかし「キラ☆キラ」へ寄せられるリスナーのメールはいつも「よくこんなおもしろい話が書けるなあ」って思うほどレベルが高い。それにかなりの数のメールが毎日届いているようだ。なかなか高いハードルなのである。はたしてその首尾やいかに? ☆ 番組はじまって20分過ぎ。パートナーはライムスター宇多丸さん。 小島「勝手に共感、小さな一体感!江東区・枕の装置さん、男性の方です。今から十数年前、渋谷の百貨店の地下に新しい美術館がオープンした時の話です。(文化村かな?)たしか内容はフランスのキュビズムやシュルレアリスムの展覧会だったと思います。しげしげと会場を回っていると、ある絵の前で、絵の解説をしているおじさんがいました。その風貌はこう言ってはなんですが、ちょっと浮浪者風の60歳過ぎの男性です。何気なく聞いていると、その話は難しい美術の専門用語を用いることがなく、「この絵はいいねえ。この輪郭から作者の○○が浮かび上がって来るみたいだ」とか、じつに的を射ていて、その上面白い話っぷりなので、僕はそのおじさんの後をいっしょについて回り、絵を見ながら、その話に聞き入っていました」「そしていつの間にか、僕を含めそのおじさんの周りには7・8人のギャラリーが、おじさんといっしょに絵を見て廻っていました。それはすごく気の利いた学芸員のガイドツアーに出会ったようで、いっしょに廻る入場者に「このおじさん、何者?」「ひょっとしたら大人物かも?」といったムードも含め、お互いに顔をにやにやと見合わせながら不思議な一体感がうまれた高級でお堅い美術館での出来事でした。 それ以来、あのおじさんとは出会っていませんが、もしその後もあんな風なすてきなガイドツアーをやっているのかなあ、また会ってみたいなあと美術館に行くたびに時々思い出します」 あ、読まれた。正直うれしい!けど、じっさいラジオからオンエアされた自分の投稿内容を聴くと、あまりおもしろくねえなあと少し反省。 ところが、しばらくするとそれらしきこの解説おじさんを、東京都近代美術館で開かれたゴーギャン展(のときの常設展示)と福沢諭吉展で見たというリスナーからのメールが二通読まれた。この辺のレスポンスが生放送のラジオのおもしろいさだとあらためて納得。 さて読まれたことの快感をきっかけに、僕が積極的な投稿リスナーになるかどうかは、今のところまったく定かではない。中学時代にラジオの深夜放送にときどきリクエスト・ハガキは送っていたけれど、けっきょく常連さんにはいたらず、いまだにすこし斜めの角度からから聴いているのが好きな一介の(ヘヴィ)ラジオリスナーに過ぎないと思うから。
2010年 06月 27日
毎週楽しみにしているポッドキャストがある。それがラジオ日本「ラジカントロプス2.0」だ。本放送は土曜日夜12時00分~12時30分までの30分番組なのだが、家ではラジオ日本の受信状況が悪く聴くことができない。けどポッドキャストではリクエスト音楽以外ほとんどノーカット、放送時間以上のボリュームで配信されるのがうれしい。(配信時刻は毎週土曜日深夜24時過ぎ。) 毎週各界からさまざまな人物が登場し、「○○のラジカントロプス2.0」とその人物名が番組タイトルになり、一時間以上の濃い話がたっぷり聴ける。ただし毎週かならずおもしろいと言うわけではない。 僕が興味を惹かれる回(だいたい2週から3週に一回)は、この番組の構成をてがける「歌う♬放送作家」こと植竹公和が自らのネットワークやルートから人物コーディネートしたらしき回。その回は植竹公和自身が聴き手になるのですぐわかる。話のツボの引き出し方、その軽快な話題の転がし方とテンポは、本業で培われたさすがプロの仕事だと思う。(醸し出されるひょうきんおじさん味も「僕はおじさん」枠にぴったりマッチしている。) ![]() とくに昨年11月配信された放送作家・大岩賞介の回では、たいへん興味深いラジオ談を聴くことができた。大岩は、はかま満緒に師事した後、萩本欽一の座付き作家となり、作家集団「パジャマ党」の一員として萩本を支えた。構成作家として参加したニッポン放送『欽ちゃんのドンといってみよう!』(1972年10月9日 - 1979年4月6日)ではスタジオ内で独特の笑い声をあげ、番組を盛り上げた。今ではラジオの構成作家の大事な仕事のひとつ「笑い屋」は大岩賞介が最初だったのだと言う。それまで僕はなんとなく高田文夫が最初なのだとぼんやり思っていた。現在では当たり前だと思っているラジオの放送スタイルにも、画期的(=偶発的)エポックが存在することを実感した回だった。 植竹公和プロフィール: 放送作家兼作詞作曲家(杏里・角松敏生氏等の作曲)「草野☆キッド」企画立案,「オレたちひょうきん族」「イトイ式」「はなまるマーケット」「ブロードキャスター」「お笑いスター誕生」。「ラジカントロプス2.0」で時々司会。 「はてな」に掲載されている本人によるプロフィールはこちら。 以下今年に入ってからの僕がおもしろいと思った回を、番組サイトから抜き出しておく。()内は僕が追記。 ☆ 『ラジカントロプス2.0 文学賞メッタ斬りスペシャル!第142回芥川賞』(2010年1月23日) 『ラジカントロプス2.0 文学賞メッタ斬りスペシャル!第142回直木賞』(2010年1月30日) 翻訳家、書評家の大森望さん、書評家の豊崎由美さんが第142回芥川賞・直木賞をバッサリ!各候補作の寸評のほかにも賞そのものについても斬りこみます!爆笑できる文学評が聴けるのはココだけ!【ポッドキャスト配信終了】 『宮川賢のラジカントロプス2.0』(2010年2月6日) TBSラジオ「宮川賢のパカパカ行進曲!!」でおなじみ、ラジオパーソナリティ、放送作家の宮川賢さんがAMラジオに対する思いをたっぷりと語ります!(1時間5分46秒)【ポッドキャスト配信終了】 (「宮川賢 ラジオ・パーソナリティ メッタ斬り」の印象。 ただし文化放送アナウンサーだけはメチャ誉め。) 『萩原健太のラジカントロプス2.0』(2010年2月13日) 音楽をずっと愛してきて、音楽と一緒に生きてきた音楽評論家、萩原健太さんの音楽人生をたっぷりと語っていただきます。(1時間15分19秒) (萩原健太ならではのはっぴいえんどにまつわる思い出話がよかった。) 『大森望のラジカントロプス2.0』(2010年2月27日) 「翻訳」についての興味深い話をたっぷりと。本をお好きな方はぜひ!(1時間22分24秒)【ポッドキャスト配信終了】 『佐々木俊尚のラジカントロプス2.0』(2010年4月17日) 今回は「ネットがあれば履歴書はいらない」(宝島社新書)を題材に、ネット時代の「セルフブランディング」について語っていただきます。今回は楽曲部分もお楽しみいただけます!(1時間9分11秒) 『河井真也のラジカントロプス2.0』(2010年5月8日・5月15日) 数々のヒット作を送り出し続けている映画プロデューサー河井真也さんが登場!これを聴くと、フジテレビに入りたくなる!?(1時間38分39秒)(1時間24分24秒) (「わたしをスキーに連れて行って」やあの「波の数だけ抱きしめて」の裏話も聴けます。) 『とり・みきのラジカントロプス2.0』(2010年6月5日) 「映画吹き替え王」のとり・みきさんが登場して、映画の吹き替えの基本から、おすすめの「吹き替え映画」の名作までたっぷりと語ります!(1時間36分51秒) 『滝川均のラジカントロプス2.0』(2010年6月19日) 超人気番組『なるほど!ザ・ワールド」で出題するクイズを求めて世界中に取材に出かけたTVプロデューサー滝川均さんが登場!爆笑エピソードたっぷりの90分間!プロデューサーはこんなにタフでパワフルで明るくないと務まらない!?(1時間29分58秒) (なおポッドキャストは2ヶ月で配信終了になるので注意が必要です)
2010年 06月 23日
僕はおじさんである。
このごろますますそう思うようになった。なにしろ趣味らしい趣味がない。 いま世間で盛り上がっているらしいワールドカップにもほとんど興味がない。なのにくやしいから(何が?)日本戦だけはちょっとだけ観たりする。 話題のiPhoneやiPadにもあまり関心がない。とくに欲しいとも思わない。 今日有楽町のビッグカメラ前の待ち合わせに早く着いてしまったので、すこし店内を覗いてみた。1階の薄型テレビや5階のiPadが置かれているコーナーを歩いてみたけれど、店の喧騒にすぐに辟易してしまう。最近まったくモノ欲求、消費欲求がわかない。なくても困らないものには手が伸びない。 マンガも読まなくなった。雑誌や新聞もほぼ読まない。老眼もさらにひどくなった。胃を悪くして酒もあまり飲まなくなった。 この前、自分のからだから漂う加齢臭にふと気付いた。腕や頭や着てる洋服や足下まで、からだのあちこちの臭いをくんくん嗅いでみたけど、どうも発生元がわからない。古本と汗が混ざったような嫌な臭い。とても気になっていた。 今日いつものように「小島慶子 キラ☆キラ」を聴いていたら、読まれたリスナーからのメールでそのことがわかった。 (小島)「父は最近、加齢臭をかなり気にし出しました。53歳、あ、神足さんと同い年じゃない?…」 (神足裕司)「あれ加齢臭って耳の後ろ側から出るんじゃなかったけ?」 あわてて耳の後ろに手をやって、その臭いを嗅いでみた。やっと発生元がわかった。最近暑苦しくて寝汗をかくからなおさらだった。これから風呂に入る時は気をつけて、耳の後ろもよく洗おう。妙に納得し、ちょっとばかり安心した。 そういや「小島慶子 キラ☆キラ」はおじさん向けの番組かもしれない。小島さんが「オジキ」と呼ばれているのもよくわかる気がする。だいたいおじさんが出ているラジオ番組が好きだ。「久米宏 ラジオなんですけど」の、「大竹まこと ゴールデンラジオ!」の、水曜・藤木TDCと金曜・大根仁の「Dig」の、「QUEMULE・INSIDER・CLUB」榎田信衛門とマスタード☆鶴田のくだらない(もちろん誉め言葉です)おじさんジョークにくすくす笑う。 朝はradikoでピーター・バラカンがパーソナリティの「バラカン・モーニング」を聴く。流れるのは、彼の好きな60年代や70年代の音楽ばかりだけれど、これでじゅうぶんな気もする。 怠惰にソファに寝っ転がって、ぷかぷかと黙ってラヂオを聴くのが大好きだ。 だって僕はおじさんだから。
2010年 06月 15日
昨日twitter上で知りました。雑誌媒体ではあり得ないようなラジオのこれからとTBSラジオ「Dig」にまつわる興味深いロング・インタビューです。最後はオマケでラジオ出演料の話まで!
談話室沢辺 ゲスト:TBSラジオ「Dig」プロデューサー・鳥山穣「ラジオは変わるのか」 口上: TwitterやUstreamなどのリアルタイム・メディアが、日常に入り込んで来ている。 また、3月15日にはインターネットで地上波ラジオの生放送が聴ける「radiko」の実用化試験がスタートした。 新しいツールの登場は、ラジオ番組にどのような変化をもたらすのだろうか? 4月に「ニュース探究ラジオ Dig」をスタートさせ、Ustreamやニコニコ動画での同時放送を行なうなど、ラジオ番組の可能性を探っているTBSラジオのプロデューサー・鳥山穣さんに話を聞いた。 ![]() ☆ 「Dig」とラジオをDigする(TBS)ラジオファン、はたまたラジオ業界を志す人には必読のインタビューです。 「談話室沢辺」は、ポット出版社長の沢辺均氏が聞きたいこと、知りたいことを、専門家に直接ぶつける対談コーナーとのこと。これも「Dig」ですね。
2010年 05月 02日
先週4月28日(水曜日)のTBSラジオ「小島慶子 キラ☆キラ」は二重の驚き(!)を含んだ内容だったので、そのことからはじめなければならない。この日の小島アナのパートナーはライムスター宇多丸氏が大阪ツアー中のため、代打として大根仁氏が立った。大根仁はこの四月から同じTBSラジオで「アクセス」の後番組としてはじまったばかりの「ニュース探求ラジオ Dig」の金曜パーソナリティを担当している。本業はTV、CMなどの映像演出家で、代表作に「週刊真木よう子」「湯けむりスナイパー」などがある。(TBSラジオ954press 4月号から)
さてまず最初の驚きはオープニングのフリートークの最中に突然起こった。小島アナがはじめて自らの口でTBS退社の旨を語ったのだ。当日のメッセージテーマ「あの仕事着が気になります」ということで、トークは自然とこんなやりとりに移っていった。 ☆ 大根「女子アナは制服ってないですよね」 小島「女子アナ自体が制服じゃないですか」 大根「お、なんかいいこと言いましたね」 小島「…私の場合はTBSっていうロゴの入った制服を今も着てるわけですけどね」 大根「(笑)」 小島「だんだん何かね、毎日鏡見てると似合わないなって思って。今度6月30日をもって脱ぐことにしました」 大根「お、おー(笑いながらもかなりびっくりした様子でうまく言葉にならない)」 小島「15年着たから、いいかと思ってね」 大根「あれ、その話は…だって…」 小島(それを遮るように)「後は裸でいいか」 大根(慌てながら)「今日その話だけはするなって言われて。いいんですか?別に」 小島「わからない。一身上のことなんでね、すみません」 大根「それは吉田豪さんにもびしっと言われてきたんですけど」 小島「…今後離婚する時とかね、再婚する時とかぜんぶ言いますからね。その一環としてわたくしごとを披露してみました」 ☆ 小島慶子アナのTBS退社の報がはじめて公になったのは、4月3日土曜日の日刊スポーツの記事だった。僕はtwitterのタイムラインでそのことを知った。その日から「キラ☆キラ」ファンは気が気ではなかったに違いないと思う。それは番組パートナーやコラムニストも同様だったようで、水道橋博士もその週金曜の放送のようにその周辺をさまざまな比喩を使って触れるしかなかった。いわば本人の口から、そのことの真偽を告げられるのを待っていた状態がずっと続いていたわけだ。 言ってみれば、僕も前番組「ストリーム」の大ファンで、この「キラ☆キラ」がはじまった1年前の当初はふーんなんて気持ちで聴いていたのだが、いつの間にか弾けるようなテンポのいい刺激的なトークですっかりこの番組の大ファンになっていた。(この辺の事情はこれまでこのブログで書いてきた。) 今ではポッドキャストだけでは飽きたらず、番組全体を録音で聴くようになってしまった。じっさいポッドキャストで配信される日々のパートナーとのオープニング・トークや「ペラペラ」コーナー、それぞれのコラムニストの「サウンドパティスリー」もいいが、なにより各日のリスナーからのメッセージ・テーマを小島アナとパートナーがどう巧みに紹介し料理するかがとても愉快で楽しみになってしまったからだ。 そして翌日30日のtwitterで小島アナ本人はこうつぶやいている。 「小島です☆ツイッターで新聞記事を知って、細かいことですが、念のため。退職後は、フリーアナウンサーではなく、ラジオパーソナリティーとしてやっていきます。私にとっては、大事な違いです。」 本人からの「ラジオパーソナリティー」宣言。局アナではなく、ひとりの新しいラジオ・パーソナリティの誕生を告げるかのような力強い言葉である。 ☆ 二つ目の驚きは以下のようなことだ。 29日その日の小島×大根の「キラ☆キラ」をちょっとばかり興奮しながらおおいに感動して聴き終えた僕はtwitterでこうつぶやいてみた。 「今日の「キラ☆キラ」は大根仁という新しいラジオ・パーソナリティの誕生を実感させる感動的なすばらしい出来でした☆ これから金曜「Dig」がどう化けるかとても楽しみになってきました。」 じつは僕は「Dig」はまだお試し期間中というところで、こと大根氏がTBSの水野真裕美アナとパーソナリティーを務める金曜「Dig」にはその可能性を感じながらも、かなり歯がゆい思いをしていた。(本人の弁によれば「仮免運転中」とのこと)ところがラジオ出演歴4回目というこの日の「キラ☆キラ」では「ラジオの怪物」(!)小島慶子という活きのいい相方を得て、物柔らかな口調ながら洞察力のある批評眼と鋭いユーモアを持ったトークを披露した。僕は新しいラジオ・パーソナリティの誕生を確かに感じたのである。 また「大根仁 ペラペラ」も感動的だった。この番組の他の男性パーソナリティにはないTV演出家ならではの視点が新鮮だった。「この世でいちばん美しい弔辞」の話。それは山田脚本作品の傑作『早春スケッチブック』の話から、山田太一と寺山修司の交友について触れ、寺山修司の葬儀で山田太一が読んだ弔辞を大根が代読する。「鬼の小島慶子」も涙する(僕も思わずホロッとさせられた)内容だった。(寺山ファン、ドラマファン必聴です) 「大根仁 ペラ☆ペラ」をポッドキャストで聴く! ☆ この日、期せずして僕には新しい「ラジオ・パーソナリティ」が二人も誕生してしまったのだった! ![]() ファンにはご存じ「鉄塔」です。
2010年 04月 01日
どんなに仕切りが下手だって、どんなにニュースで噛もうとも、どんなにペーパーノイズをたてようと、いま告白してしまおう。
じつは僕もあなたのファンだったのです。恥ずかしくて言えなかった。 「BATTLE TALK RADIO アクセス」どうも長いことお疲れさまでした。 ゆっくり心身やすめてくださいね。 次にどんな番組でお耳にかかれるか、楽しみにしています。 < 前のページ次のページ >
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