そのころの霊南坂は、まだまだ鬱蒼とした雑木林の中にあって、歩く地面も舗装されてなかった気がする。
赤坂・溜池山王に近いこの都心の、周りをすでに高速道路に囲まれた当時ですら、夜になると物の怪でも現れそうな不思議な気配が漂っていた。
ここに案内してくれた彼女は、この霊南坂にあった官舎で小学生のときまでを過ごしたのだという。近くには、もとフィリピン大使館だった洋館が、GSのスパイダースの事務所で、そこから出てきたメンバーの一人に「かわいいね」って頭をなでられた話を彼女はじまんげにした。
ぼく達は、それから霊南坂教会に入った。なかは、薄暗く静かで、肌にひんやりとした空気がまとわり、やがてパイプオルガンの調べが響き、教会の中を満たしていった。
山口百恵さんが、ここで結婚式を挙げるのは、もっと先のおはなしである。
そして、いまこの「霊南坂」は開発により移転してもうない。
今ある霊南坂と霊南坂教会は、その後あらためてつけられた地名と教会ではないかと思う。
さきほど、紹介したサレジオ教会も、松田聖子が結婚式を挙げるずっと以前のおはなしだ。
霊南坂も、わたしにとってはいまだにシークレットな特別に大切な場所として存在している。